ことの始まり

相模中研におけるcDNAプロジェクトの大きな目的の一つは、医薬品開発につながる種となる新規タンパク質を見つけることでした。医薬品に直結するタンパク質としてまず挙げられるのは分泌タンパク質です。そこで先に開発した分泌シグナル検出法（K95-2）を用いて、ホモ・プロテインcDNAバンクに含まれているクローンの中から分泌タンパク質をコードするcDNAを選別することを試みました。

経緯

ヒト線維芽細胞株HT-1080から作製したcDNAライブラリーに含まれるcDNAクローンの5’端の部分塩基配列決定によって、開始コドンから始まるORFを有し、N端アミノ酸配列に分泌シグナル配列と思われる疎水性領域を持つものを選別しました。その中の一つHP00269というcDNAクローンから分泌シグナルと思われる配列を含む部分を切り出し、ウロキナーゼcDNAの分泌シグナル配列をこの配列で置き換えた発現ベクターを作製して、COS7細胞で発現させたところ、培地中にウロキナーゼ活性が検出され、HP00269のN端の疎水性アミノ酸配列が分泌シグナルとして機能していることが示されました。そこでこのcDNAの全長配列を決めたところ、コードしているタンパク質のC端側が、TGF-βスーパーファミリーと類似していることがわかりました。

結果

これまで知られているTGF-βスーパーファミリーに属するタンパク質と比較すると、C端側の活性ドメインのアミノ酸配列の類似性は20〜40％と低い値ですが、ここに存在する７個のシステインが保存されていることから、新規のTGF-βスーパーファミリータンパク質であると推測しました。市販されていたヒト組織のmRNAをブロットしたフィルターを用いてノザン解析を行ったところ、胎盤で大量に発現していることから、TGF-βPLと命名しました。他に、腎臓、前立腺、大腸でわずかな発現が認められました。

余談

我々はこのcDNAをすでに1993年に得ており、1994年の1月に特許出願を行ないました。その後、米国出願を行い、2001年1月に米国で特許が成立しました（US6180602B1）。この特許はプロテジーンを介して米国の製薬企業にライセンスすることができました。

塩基配列だけでは論文化できない時代になっていたので、新しく開発した分泌シグナル検出法の成功例として、塩基配列とノザンブロットハイブリダイゼーションの結果を含めた論文をJ. Biochem.に投稿することにしました。1997年4月に投稿し、9月に出版されました。我々の論文が出版されたあと、10月にBootcovら（Proc Natl Acad Sci U S A）とHromasらの論文（Biochim Biophys Acta）、12月にはLawtonらの論文（Gene）、翌年5月にはParalkarらの論文（J Biol Chem）と相次いで出版されています。論文投稿日は、Bootcovらが2月、我々が4月、HromasらとParalkarらが5月の順になっています。したがって、同時期に査読が行われていたことになります

我々は1997年1月に塩基配列をDDBJに登録しアクセション番号を取得しました。その際、配列の公開をすぐ行うという選択をしたためか、上記のグループに衝撃を与えたようです。Lawtonらはすでにデータベースに載っている我々とHromasらの配列データについて論文中で触れています。7月にBootcovらのグループから、自分たちがクローン化したMIC-1と同じ遺伝子のようだが、特許や論文はどうなっているのかについてFAXで問い合わせがありました。彼らの論文は10月に出版されていますが、投稿日は我々より早い2月です。すでに我々の配列が登録されていたので焦って問い合わせてきたと思われます。いずれにしても、この時点で投稿していなければ、本論文は日の目を見なかった思われます。

新しく同定されたTGF-βスーパーファミリータンパク質に対して、上記の各論文はMIC-1（Bootcovら）、PLAB（Hromasら）、PTGFB（Lawtonら）、PDF（Paralkarら）と命名しています。我々もTGF-βPLと命名したのですが、Discussionの中に記載したためか見逃され、以後引用される場合も名無しの権平になってしまいました。新規タンパク質の名前はタイトルやアブストラクトの中に含めるべきであることを痛感しました。なお、本タンパク質はGDF15（growth differentiation factor 15）という統一した名前で呼ばれています。

その後、GDF15の生理活性について数多くの研究がなされ、被引用文献にもあるように非常に興味深い結果が得られています。これらの内容についてはヒト遺伝子コレクション - GDF15のページで紹介します。

被引用文献

Google Scholarで検索した結果、被引用数は現時点（2024年）で100となっています。その多くは、GDF15をTGF-βスーパーファミリータンパク質として最初に同定したとして、他の4つの論文と一緒に引用されています（25報）。しかし、データベース登録と論文出版が最も早いという理由からか、GDF15の論文の代表として我々の論文のみを引用しているものも見受けられます（12報）。

我々の論文を引用する場合、遺伝子の名前をほぼ正しくTGF-βPLとして引用してくれた論文は3報［5、27、39］のみで、胎盤で多く発現しているとして他の論文で命名された名前、PTGFB［51］、PLAB［19、33］、PL74［56］と混同して引用されている場合もあります。中にはクローン名HP00269［8、37］や細胞株名HT-1080［26］としたものもあります。

TGF-βスーパーファミリータンパク質の同定以外では、胎盤での高発現（16報）や前立腺・大腸・腎臓での発現（17報）を示した論文として引用されています。各論文のテーマは下表の備考に示したように、総説（26報）、構造（4報）、転写制御（9報）、発現誘導（22報）、生理活性（23報）、バイオマーカー（23報）、ノックアウトマウス（3報）に分類できます。