論文

Article No. K04-1
Title Determination of the capped site sequence of mRNA based on the detection of
cap-dependent nucleotide addition using an anchor ligation method.
Authors Ohtake H, Ohtoko K, Ishimaru Y, Kato S.
Journal DNA Res. 2004 Aug 31;11(4):305-9.
PMID 15500255

ことの始まり


国立障害者リハビリテーションセンター研究所で、網膜色素変性症の新規原因遺伝子探索を目的として、網膜細胞の完全長cDNAライブラリーを作製するために、以前開発したキメラオリゴキャッピング法の改良を行っている過程で、完全長cDNAの5’端に余分なdGが1個付加することを見出しました(K05-1)。このdGが何に由来するかを確かめることが、本研究の目的です。


経緯


これまでもmRNAを鋳型にして逆転写酵素 (RTase) でcDNAを合成すると、第一鎖cDNAの3’端に余分な塩基、特にdCが付加するという報告はありました。これはRTaseが有する末端デオキシヌクレオチジル転移酵素 (TdTase) 様活性によるものだと考えられます。ただ、なぜdCが優先的に付加するのかは不明でした。一つ考えられるのは、mRNAの5’端に存在するキャップ構造(m7Gppp)が関与しているのではないかということです。これを実験で確かめるには、異なるキャップ構造、例えばApppを導入したらどうなるかを調べれば良いと考えました。


このようなキャップ構造を有するmRNAを試験管内で合成することができます。すなわち、T7 RNAポリメラーゼのプロモーターの下流に転写開始点がGである遺伝子を配して、m7GpppGの存在下、T7 RNAポリメラーゼによる転写反応を行うと、5’端にm7Gpppが付加したmRNAが得られます。当時、このキャップ構造のアナログであるApppGをAmbionという会社から入手できました。これを使うことによって、Apppをキャップとして有するmRNAも得られます。このAキャップmRNAを鋳型にすれば、第一鎖cDNAの3’端にAに相補的な塩基dTが付加するのではないかと予想しました。


結果


このことを確かめるために、キャップ構造アナログを有するmRNA (ヒトeEF1α1の完全長cDNAから転写したmRNAを使用)を鋳型にして、RTaseにより第一鎖cDNAを合成した後、その3’端に配列のわかったアンカーオリゴヌクレオチドをT4 RNAリガーゼ反応により連結し、そのPCR産物の連結部位の塩基配列を調べてみました。その結果、予想通りm7Gpppを有するmRNAからは5’端に1個の余分なdGが付加したcDNAが、またApppを有するmRNAからは5’端に1個の余分なdAが付加したcDNAが得られ、キャップ構造を有していないmRNAから得られたcDNAには余分な塩基の付加は起こりませんでした。


以上の結果から、第一鎖cDNAの3’端へのキャップ依存性dC付加のメカニズムは下記のように考えられます。RTaseには TdTase様活性があることが知られていますので、RTaseがmRNAの5’端まで到達すると、キャップの塩基Gと相補結合していたdCTPが基質となって、TdTase様活性によりdCが付加するというメカニズムです。


Cap-dependent dC addition

アンカーライゲーション法を用いれば、cDNAの5’端に余分なdGが付加することを確かめることによって、キャップ付加部位の配列を決めることができ、この配列をゲノムの配列と比較することによって、転写開始点を決めることができます。本論文では、7種類のヒト遺伝子について、このことを実証しました。


余談


この実験を行ってもらったのは、埼玉大学の大学院生であった大竹秀紀君です。この研究は、彼の博士論文の一部になっています。


疑問点


これまで多くの研究者がcDNA合成を行なってきたのに、なぜキャップ依存性dG付加を見逃してきたのかという疑問が湧きます。これについては、別項で考察します。


被引用文献


「DNA Research」のMetricsには、2017年以降のデータしか記載がありませんが、PDFダウンロード数は2021年10月の時点で191と、発表から10年以上経過しているにも関わらずコンスタントに見られているようです。被引用数は、Google Scholarで検索した結果、現時点で26となっています。


mRNAを鋳型にしてRTaseでcDNAを合成すると、cDNAの5’端に余分なdGが付加するのはキャップ構造に起因するということを、本論文は実験的に証明したことになります。そこでRTaseによるcDNAのキャップ依存性dG付加メカニズムに対する実験的な証拠として、いくつかの論文で引用されました(R10110、R13047、R13049、R13051、R15059)。


また、mRNAのキャップ部位の同定法の例として引用した論文(R08190)、転写開始点を求めるためにアンカーライゲーション法を採用した論文(R05202)、ある特定のmRNAについて、キャップ構造を有しているものと有していないものの割合を求めるのに、本報の方法と知見を利用した論文(R13048、R15060)があります。

被引用文献リスト (Ref IDで、aが付加しているものは、アブストラクトのみアクセス可。)
No. Ref ID 研究機関 雑誌名 論文タイトル 被引用内容 PMID
1 R05202 日本 北里大 Gen Comp Endocrinol. Structures for the proopiomelanocortin family genes proopiocortin and proopiomelanotropin in the sea lamprey Petromyzon marinus. 転写開始点の同定法 15979617
2 R08190 オーストラリア The University of Queensland Nat Methods. Stem cell transcriptome profiling via massive-scale mRNA sequencing. mRNAのキャップ部位の同定法 18516046
3 R10110 日本 理研 Nat Methods. Linking promoters to functional transcripts in small samples with nanoCAGE and CAGEscan. RTaseによるキャップ依存性dG付加のメカニズム 20543846
4 R13047 日本 理研 Nucleic Acids Res. Suppression of artifacts and barcode bias in high-throughput transcriptome analyses utilizing template switching. RTaseによるキャップ依存性dG付加のメカニズム 23180801
5 R13048 米国 Texas Tech University PLoS Genet. The arabidopsis RNA binding protein with K homology motifs, SHINY1, interacts with the C-terminal domain phosphatase-like 1 (CPL1) to repress stress-inducible gene expression. キャップを有するmRNAの割合測定 23874224
6 R13049 日本 理研 BMC Genomics. Comparison of RNA- or LNA-hybrid oligonucleotides in template-switching reactions for high-speed sequencing library preparation. RTaseによるキャップ依存性dG付加のメカニズム 24079827
7 R13051 ベルギー KULeuven-University of Leuven Anal Biochem. Simple and inexpensive three-step rapid amplification of cDNA 5' ends using 5' phosphorylated primers. RTaseによるキャップ依存性dG付加のメカニズム 231234277
8 R15059 米国 Oregon State University BMC Genomics NanoCAGE-XL and CapFilter: an approach to genome wide identification of high confidence transcription start sites. RTaseによるキャップ依存性dG付加のメカニズム 26268438
9 R15060 中国
米国
Hunan Agricultural University Changsha; Texas Tech University Front Plant Sci. The role of promoter cis-element, mRNA capping, and ROS in the repression and salt-inducible expression of AtSOT12 in Arabidopsis. キャップを有するmRNAの割合測定 26594223
10 R17031a 日本 理研 Methods Mol Biol. NanoCAGE: A Method for the Analysis of Coding and Noncoding 5'-Capped Transcriptomes. 28349422
11 R20032a 日本 理研 Methods Mol Biol. Cap Analysis of Gene Expression (CAGE): A Quantitative and Genome-Wide Assay of Transcription Start Sites. 32124327