ことの始まり
相模中研のGE研究室において、新しいヒト生理活性タンパク質探索のターゲットにしたのは、ヒト骨髄性白血病細胞を分化誘導して脱がん化する分化誘導因子(Differentiation inducing factor, DIF)です。当時、企業や大学の研究室でも、DIFの精製や遺伝子探索が盛んに行われていました。東北大学の逸見仁道博士が、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV-I)感染T細胞株HUT-102がDIFを多く分泌していることを見出していたので、共同研究を行うことになりました。
経緯
最初、DIFを分泌しているHUT-102と分泌していないT細胞株HUT-78からcDNAライブラリーを作製し、HUT-102のみに発現している遺伝子をディファレンシャルハイブリダイゼーションスクリーニングによりクローン化しようと試みました。しかし、この方法で得られたのは、高発現しているハウスキーピング遺伝子のcDNAのみでした。
せっかくHUT-102のcDNAライブラリーが作製できたので、既知でも構わないのでリンホカイン遺伝子をクローン化することにしました。HUT-102は細胞毒性を有する物質を生産していることが知られており、この物質は当時すでにクローン化されていた腫瘍壊死因子(TNF)とリンホトキシン(LT)に類似した新規細胞毒性物質ではないかと推測し、両者のアミノ酸配列が保存されている領域に対するオリゴヌクレオチドをプローブとして、HUT-102のcDNAライブラリーをスクリーニングしてみることにしました。
結果
スクリーニングの結果、LTをコードする2個のcDNAクローンが得られ、1個は翻訳領域の179番目の塩基がC、もう1個はAでした。その結果、成熟LTの26番目のアミノ酸残基はThr(ACC)からAsn(AAC)に変化します。これが人工変異産物ではないことを確認するために、ゲノム上のこの領域をPCRによって増幅し塩基配列を決めたところ、両方の配列が確認できヘテロ接合のSNPであることがわかりました。
両方の型のcDNAを大腸菌で発現させたところ、両者の生成物は同程度の細胞毒性を示しました。活性画分を精製するとSDS-PAGEで18kDと16kDのバンドが得られることから、大腸菌内のプロテアーゼによって切断されることが示唆されました。
余談
LTのcDNAクローニングは保土ヶ谷化学の三木鉄蔵氏によってなされ、大腸菌によるLTの発現と精製は高橋典子氏によってなされました。その後、三木氏と保土谷化学のグループはLTを抗がん剤として利用することを目指し、プロテインA- LT融合タンパク質を創製し(90-1)、マウスで制癌効果があることを示しました(Miki et al., 1991)。一方、高橋氏はヒト骨髄性白血病細胞の分化誘導因子に関する研究をNIHにおいて続けられ、レチノイン酸の作用機構に関しタンパク質のアシル化反応(レチノイレーション)を発見されました(高橋、2002)。
<LTのDIF活性>
大腸菌で生産したLTを東北大の逸見氏に送り、DIF活性を調べてもらったところ、ヒト骨髄性白血病細胞株HL-60の分化誘導活性を有することがわかりました。帰せずして、LTが目的としていたDIFであることがわかった次第です。これに関する論文(Hemmi et al., 1987)は本論文より先に出版され、HUT-102由来のLT cDNAクローニングと大腸菌による発現に関しては、論文作成中と記載されました。
<PCR法の利用>
本論文でLT遺伝子のゲノムの配列を決めるのに、Science誌に発表されたばかりのPCR法(Saiki et al., 1985)を採用しました。その時用いたのは電熱線の入った小型水槽で、水槽の水を煮沸後、水道水を流して急冷することを繰り返すという装置でした。ゲノムのSNPの解析にPCRを応用した初期の例ではないかと思っています。
<HUT-78由来のLT>
本研究の一環としてT細胞株HUT-78をホルボールエステルPMAで刺激するとLT活性の分泌は認められないが、LT cDNAでノザンブロットを行うとバンドが出ることを見出しました。そこでPMA刺激HUT-78からcDNAライブラリーを作成し、LT cDNAをクローン化したところ、Thr型であり、他にシグナル配列の部分にアミノ酸変異Cys13Argを引き起こすSNPが存在することを見出しました。このcDNAをCOS7細胞で発現させたところ、LT活性の分泌が認められなかったので、シグナル配列内の変異が分泌できない理由であると考えました。この結果は新しいLT活性には繋がらなかったので論文化しませんでしたが、膜型LTの可能性があるので追求してみる価値があると思われます。このSNPは最近rs2229094として登録されており、増殖性硝子体網膜症との関連が指摘されています(Pastor-Idoate et al., 2017)。
被引用文献
本論文は、HTLV-1に感染したT細胞株HUT-102が、26番目のアミノ酸配列が異なる2種類のLTを分泌していることを示しました。すでにどちらの型のLTも報告されていましたが、これらを分泌している細胞はいずれもホモ接合型であり(R91500、R92663)、HUT-102はヘテロ接合型であるため、両型のLTを分泌していることになります。
Thr型とAsn型で生理学的違いがあるのかについて興味が持たれます。この点について追求したのがMesserら(R91500)です。それぞれの型をホモ接合で持つ末梢血をフィトヘマグルチニンで刺激した際、Thr型に比べAsn型のLTの生産量が増加することから、このアミノ酸変異を含むハプロタイプがLTの生産量と関係していることを示唆しました。しかし、LTの転写量に関係すると思われる転写因子結合部位の特定には至っていません。この論文は現時点(2023年8月)でGoogle Scholarで701件引用されており、引用している論文の中で特に興味深いのは、このSNPが日本人の心筋梗塞罹患性と関係しているという報告です(Ozaki et al., 2002)。この報告の中で大腸菌で作製したLTをヒト冠状動脈平滑筋細胞に作用させると、Asn型の方がThr型に比べVCAM1の転写量を2倍増加することを示した点は注目に値します。
R90347とR91510は、三木氏らが精力的に実施したプロテインA-LT融合タンパク質に関する論文です。R99407は、我々が金沢医科大に分譲したLT cDNAクローンを用いて行われた研究です。R02335は、高橋氏の癌細胞分化誘導に関する総説です。