ことの始まり
ヒト組織球性リンパ腫細胞株U937のcDNAライブラリーの部分塩基配列決定により、グリオキサラーゼ I (GLO1)のcDNAを見つけて論文(K93-3)を出すことができました。その後、ヒト繊維芽腫細胞株HT-1080のcDNAライブラリーにもGLO1 のcDNAが含まれていることがわかりました。
経緯
HT-1080のcDNAライブラリーからは、翻訳領域にアミノ酸残基の変化を伴う一塩基多型(C/A)の見られる2種類のGLO1のcDNAが得られました。一つは111番目のアミノ酸がAla (GCG)でもう一つはGlu (GAG)です。U937からとれたものはAla型のみでした。赤血球から得られたGLO1はダイマーを形成し、等電点の異なるアイソフォームの存在が知られていたので、得られたcDNAクローンはそれぞれアイソフォームに対応するものと考えられました。そこで、このことを実証することにしました。
結果
得られた2種類のcDNAのインビトロ転写・翻訳を行い、ネイティブPAGEにかけると、異なる位置にバンドが見られました。これはAla型とGlu型で等電点が異なることに起因することで説明がつきます。さらに、両者のcDNAを混合してインビトロ転写・翻訳を行うと、ネイティブPAGEで3本のバンドが見られました。新しいバンドはAla型とGlu型のバンドの中間に現れます。このことから、翻訳産物はダイマーを形成し、2種のホモダイマーとヘテロダイマーの位置にバンドが現れた考えられます。ただ、インビトロ翻訳産物は生成量が少ないため活性染色で活性を確認することはできませんでした。そこで、それぞれのcDNAを大腸菌で発現させたところ、ネイティブPAGEで異なる位置にバンドが見られ、活性染色によって活性を検出できました。また、HT-1080の細胞溶解物をネイティブPAGEにかけて活性染色を行うと2種類のホモダイマーのバンドとその中間にヘテロダイマーのバンドが見られました。
余談
HT-1080のcDNAライブラリーの塩基配列解析を行い、本cDNAクローンを見つけたのは相模中研に北里大から卒研生で来ていた木内伸栄君です。木内君は卒業後、ライフサイエンス関係の企業に就職し、営業活動を行っていました。そのような縁で私の研究室にも何度か営業で訪れましたが、あまりお力にはなれなかったかも知れません。
以前、我々とほぼ同時に発表を行ったRanganathanらが結腸cDNAライブラリーからクローン化したGLO1はAla型でした(Ranganathan et al., 1993)。その後、以前からヒトGLO1の研究を続けてきたウプサラ大のグループが、HeLa細胞からGlu型のcDNAをクローン化したとして論文を出しましたが、我々の方が先であったようで、我々の論文を校正時に追記しています(Ridderström & Mannervik, 1996;被引用文献No.2)。
被引用文献
本論文はGLO1のアイソフォームに関するということで、初めてGLO1のcDNAをクローン化したという先の論文ほどのインパクトはありませんが、2種のアイソフォームと病気との間に関連があるのではないかと考えて行われた研究で引用されています。例えば、アルツハイマー病[5]、血管合併症[7]、糖尿病[8]、自閉症[11]などです。GLO1は解糖系で生成するメチルグリオキサールの解毒化に関与しているので、老化[4、9]、糖尿病[6]、精神疾患[10]との関連についても議論されています。
2種のアイソフォームと病気との間に関係があるかどうかを調べた研究についてはヒト遺伝子コレクション - グリオキサラーゼ I のページで紹介しています。