ことの始まり
網膜色素変性症の新規原因遺伝子探索を目的としてヒト網膜色素上皮細胞株ARPE-19とレチノブラストーマ細胞株Y79からベクターキャッピング法を用いて完全長cDNAライブラリーを作製し、トランスクリプトーム解析を行いました。その結果、Y79ライブラリーからのみ得られ、かつESTデータベースの中で主にレチノブラストーマ由来のESTが登録されているクローンが5種同定されました。そこでこれらの遺伝子をRB-specific gene X (RBSG1, RBSG2, RBSG3, RBSG4, RBSG5)と命名しました。ここではRBSG1について現在判明していることをまとめます。なお、NCBIのGeneでは、RBSG1をDIAPH2-AS1(DIAPH2 antisense RNA 1)と命名しています。
ヒト遺伝子コレクションに含まれるRBSG1cDNA
Y79 cDNAライブラリーには、RBSG1のスプライシングバリアントが3個含まれています。表1にそれらの5’端塩基配列、cDNAの長さ、バリアント名、DDBJへの登録番号を示します。いずれもGから始まる完全長cDNAです。Kozak則に厳密には一致しませんが、短いORFが存在し36アミノ酸残基のマイクロペプチドをコードしている可能性があります。その配列は「MREHSVCPFHNVRIQQEVSSWKQRANTHQTLNLTAP」です。
RBSG1関連遺伝子のゲノム解析
UCSCのBLATを用いて、RBSG1_V3の配列で検索すると図1の結果が得られました。RBSG1はXq21.33上にマップされ、DIAPH2 (diaphanous related formin 2)のイントロン領域のアンチセンス鎖になります。
図1 RBSG1のゲノム上へのマッピング
GENCODE V49では、この領域に5個のDIAPH2-AS1という遺伝子をマップしています。RBSG1_V3は、この中の1つと第1から第5エクソンが一致します。もう1つの遺伝子の第3エクソンはRBSG1_V3の第2エクソンと重なりますが、転写開始点は異なります。NCBIのRefSeqでは、DIAPH2-AS1としてNR_125391が登録されています。これは我々のRBSG1_V2に対応します。ESTデータベースには、表2に示す15個の配列が登録されています。9個はレチノブラストーマ由来です。5個はHT-1080細胞株由来ですが、RAGE (random activation of gene expression) 法で得られたものなので、細胞特異的な発現産物ではありません(Harrington et al., 2001)。1個は成人頭頸部由来のライブラリーです。GenBankのmRNAとして、我々が登録した3個の配列とL22650 (EPAG)という配列が登録されています。しかし、EPAGの第1エクソンと第2エクソンに対応するESTは報告されていません。
RBSG1がDIAPH2-AS1でありEPAGとは異なる遺伝子である
図1を見てわかる通り、ESTに登録されているRBSG1関連遺伝子の転写開始点はRBSG1と同じです。一方、GENCODE V49でDIAPH2-AS1としている5個の配列のうち、1個はRBSG1と同じ転写開始点から始まりますが、残り4個の転写開始点は上流にあります。しかも、その第2エクソンや第3エクソンはDIAPH2の最後のエクソンと重なっておりアンチセンス鎖です。ただ、この4個に対応するESTは存在せず、mRNAに登録されているEPAGという遺伝子がこれに対応します。
EPAGという遺伝子は、Bennettらの論文(Bennett et al. 1994)に記載されています。この論文は入手できませんでしたが、この論文の元になったBennettによる “Properties of a Novel Early Lymphoid Activation Gene (Elag) Isolated from a Hodgkin's-Disease Cell Line”といタイトルの学位論文が見つかりました。Hodgkin病細胞株L428から4個のスプライシングバリアントcDNAをクローン化し、その中の1つがEPAGとして登録されたものです。GENCODE V49でDIAPH2-AS1として記載されている4個に対応すると思われますが、食い違いも見られます。ちなみに、EPAGとして登録された配列 L22650は全長cDNAとしてクローン化されたものではなく、3’端の配列は3’ RACEによって得られたものです。NCBIのGeneでは、DIAPH2-AS1として我々が登録したRBSG1_V2に対応するNR_125391のみを記載しています。
以上のことから総合的に判断すると、DIAPH2のイントロン領域にRBSG1とEPAGという異なる2種類のアンチセンスlncRNAが存在し、RBSG1がDIAPH2-AS1に対応すると考えられます。したがって、EPAGはDIAPH2-AS2と命名すべきです。
DIAPH2-AS1の機能は?
Google ScholorでDIAPH2-AS1をキーワードにして検索してみると、現時点(2026年7月)で27報の論文がヒットします(表3)。最初にDIAPH2-AS1が出てくるのはMianoらの血管細胞の表現系制御におけるncRNAに関する総説[1]で、non-natural antisense transcript lncRNAの例として何故かDIAPH2-AS1が記載されています。Niedzielskaらはヒト組織常在性制御性T細胞の発現解析を行い、肺の制御性T細胞において増加するlncRNAの1つとしてDIAPH2-AS1があることを示しました[2]。Liらはデータベースに基づいたリスク予測モデルを用いて肺腺癌の予後に関係するlncRNAの1つとしてDIAPH2-AS1があることを示しました[5]。Hayらは、感染症に関与するX染色体上の遺伝子に関する総説の中で、DIAPH2-AS1の上流にあるSNPが結核と関連している可能性について言及しています[7]。その際、DIAPH2-AS1としてBennettらのEPAGに関する論文(Bennett et al. 1994)を引用しています。
DIAPH2-AS1の機能に関連した最初の論文は、2019年のFengらの論文です[3]。子癇前症患者の胎盤でPAX3遺伝子の発現が異常低下している原因を探る過程で、メチル化酵素LSD1やEZH2とlncRNAであるDIAPH2-AS1が結合し、PAX3遺伝子のプロモーター領域をメチル化すること、子癇前症で増加する転写因子HOXD8とLHX3がDIAPH2-AS1の発現を増加していることを明らかにしました。DIAPH2-AS1の検出に用いたPCRプライマーは、NR_125391すなわちRBSG1_V2の第2エクソンと第3エクソンの配列です。この論文は、子癇前症やトロホブラストに関する総説[4, 10, 21]や論文[23]で引用されています。
2023年になってLiらがDIAPH2-AS1の機能に関連する論文を出しました[7]。神経浸潤性胃癌組織において増加するDIAPH2-AS1がNOP2/Sun RNA methyltransferase 2 (NSUN2)と結合し、Ub-プロテアソーム系によるNSUN2の分解を阻止し、増加したNSUN2によるnetrin 1 (NTN1) mRNAのm5C修飾によってNTN1の安定化が図られ、その結果NTN1が増加し胃癌浸潤が起こるというストーリーです。その後、この論文は癌とlncRNAの関連に関する多くの総説で引用されています[8-9, 11-20, 22, 24-27]。
DIAPH2-AS1はY79細胞でどのような役割を担っているのか?
Y79由来のcDNAコレクションの中に、LHX3が9個、EZH2が3個、NSUN2が2個含まれています。Fengら[3]によりLHX3がDIAPH2-AS1の発現を増加させることとEZH2もDIAPH2-AS1と結合するメチル化酵素候補であることが、またLiら[7]によりDIAPH2-AS1がNSUN2と結合することによって、標的mRNAをm5C修飾することが報告されています。したがって、Y79細胞においてもDIAPH2-AS1がlncRNAとしてNSUN2などのメチル化酵素と結合して遺伝子発現の制御に関わっている可能性があります。特にESTデータベースに見られる配列のほとんどがレチノブラストーマであるということから、レチノブラストーマの生成においてDIAPH2-AS1が重要な役割を果たしていることが考えられます。その際、DIAPH2-AS1と結合したNSUN2などのメチル化酵素の標的が何であるかを決定することが求められます。Liら[7]は、DIAPH2-AS1 (RBSG1_V2)の第3エクソンがNSUN2と結合する領域であると特定しているので、この領域を含まない2個のスプライシングバリアントRBSG1_V1とRBSG1_V3の役割は何なのかにも興味が持たれます。なお、我々が得た3個のバリアントは、いずれも共通のマイクロペプチドをコードしているので、このマイクロペプチドが何らかの機能を有する可能性も考えられます。