文献

Reference No. R88099
Title Expression vectors permitting cDNA cloning and enrichment for
specific sequences by hybridization/selection.
Authors Pruitt SC.
Journal Gene. 1988 Jun 15;66(1):121-34.
PMID 2843427

目的


完全長cDNAをクローン化できるOkayama-Berg法(Okayama and Berg, 1982)はたいへん優れた方法ですが、cDNA-ベクターとDNAリンカーの連結反応という二分子間反応であるため、cDNAライブラリー作製の効率が落ちると著者は考えました。本研究はOkayama-Berg法の長所を活かしながら、かつcDNAライブラリー作製効率の向上を図ったものです。また、ハイブリダイゼーション/セレクションによる特定クローンの濃縮を可能にするために、ベクタープライマーとしてプラスミドベクターではなくファージミドベクターを用いる系を構築しました。


方法


Okayama-Berg法の発現ベクターにバクテリオファージf1のoriを組み込んだファージミドpcDpolyB+とpcDpolyBーを作製しました。このベクターのcDNAクローニング部位の上流には、切断によって3’突出末端(dG)4を生成する制限酵素部位BstXIが設置されています。このファージミドをKpnIで切断後dTテールを付加し、BstXI側のdTテールを除去してベクタープライマーとします。


このベクタープライマーを用いて第一鎖cDNAを合成した後、第一鎖cDNAの3’端にTdTaseを用いて5〜10個のオリゴ(dC)を付加します。ベクターの片端に付加したオリゴ(dC)テールをBstXI切断により除去し3’突出末端(dG)4を生成した後、T4 DNAリガーゼによってセルフライゲーションを行い環状化します。最後に、RNase H、大腸菌DNAポリメラーゼ I、大腸菌DNAリガーゼによってmRNAをDNAに置き換え、第二鎖cDNAを合成します。


Pruitt method

結果


分化誘導したマウスF9細胞やP19細胞からmRNAを単離し、これを鋳型にして上記方法でcDNAライブラリーを作製しました。ライブラリーからcDNAを有する総ファージミドDNAを抽出後、制限酵素切断を行い、ヒポキサンチンフォスフォリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)とα-フェトプロテインのcDNAプローブを用いてサザンブロットハイブリダイゼーションを行ったところ、それぞれほぼ完全長のサイズのところにバンドが認められました。


ベクターがバクテリオファージf1のoriを有しているので、形質転換体にヘルパーファージを感染させることにより、一本鎖cDNAライブラリーを調製することができました。これをHPRTのcDNA断片を固定化したセファロースカラムに通すことにより、HPRTcDNAを有する一本鎖cDNAベクターを濃縮することができました。


評価


オリゴ(dC)テールを付加したリンカーDNAの代わりに、制限酵素切断によってベクターに生成した3’突出末端(dG)4を利用するというアイデアは、高く評価できます。このことによって、cDNA-ベクターのセルフライゲーションが可能となり、環状化の効率が飛躍的に増大したと考えられます。しかし第一鎖cDNAの3’端へのオリゴ(dC)テール付加という工程は残っており、そのオリゴ(dC)テール付加数の制御の問題や付加数が多いと塩基配列決定の阻害因子になるという問題は解決されていません。ただ、付加するオリゴ(dC)テールの数が5〜10個に抑えられることから、その阻害の程度は小さくなると思われます。


完全長cDNAの合成効率に関してはサザンブロットで見られたバンドのサイズだけで完全長に近いcDNAが得られたとしており、5’端の塩基配列を決定していないので、不完全な証拠でしかありません。特に、いずれのプローブでも2本のバンドが生成しており、サイズの異なるバンドの由来については言及していません。転写開始点の異なる産物やスプライシングバリアントの可能性がありますが、これを証拠づけるには塩基配列を決定する必要があります。このように完全長cDNAライブラリーができたという証拠は不足していますが、原理的にはOkayama-Berg法と同じなので、5’端の塩基配列を決定すれば、高品質のライブラリーであることがわかったと思われます。


余談


実は、我々が最初に完全長cDNAライブラリーを作製するのに採用したのがこのPruitt法です(K94-4)。そのためにBstXI部位を有するpKA1というクローニングベクターを作製しました。ライブラリーの品質の評価を5’端の部分塩基配列決定によって行った結果、完全長cDNAを高い割合で含む高品質のライブラリーであることが示されました。我々の論文では、キメラオリゴキャッピング法の結果も合わせて掲載しており、両者の完全長率はほぼ同じであることが示されました。ただ、Pruitt法ではcDNAの上流にdG:dCトラクトが存在するので、cDNAの塩基配列決定や発現を行う上で不都合が生じる可能性があり、以後のcDNAライブラリー作製はキメラオリゴキャッピング法、ついでベクターキャッピング法を用いています。


本論文に記載されたベクタープライマーに関するNature誌の広告を見たことがあります。Google Scholarで検索しても、この方法でライブラリーを作製したという論文はPruittと我々の論文以外には見当たらないので、商売にはならなかったと思われます。