論文

Article No. K87-1
Title Sequence of the cDNA encoding the laminin B1 chain reveals a multidomain protein
containing cysteine-rich repeats.
Authors Sasaki M, Kato S, Kohno K, Martin GR, Yamada Y.
Journal Proc Natl Acad Sci U S A. 1987 Feb;84(4):935-9.
PMID 3493487

ことの始まり


相模中研に入所後、GE研究室(遺伝子工学研究室)に配属され、cDNAクローニング技術を学ぶために、6ヶ月間米国NIHで研修を受けることになりました。研修先はNational Institute of Dental ResearchのGeorge Martinラボで、Molecular Biology Sectionの山田吉彦博士(Yoshi)の研究室です。YoshiはマウスとヒトのIV型コラーゲンのcDNAクローニングを目標として、cDNAライブラリーの作製を試みているところでした。そこでYoshiの実験の手伝いをしながら、cDNAクローニング技術の取得を行いました。


経緯


マウスのテラトカルシノーマ細胞株F9にレチノイン酸とジブチリルcAMPを作用させて分化させるとType IVコラーゲンを産生することが知られていたので、分化したF9細胞のポリ(A)RNAからcDNAライブラリーを作製することにしました。S1ヌクレアーゼ法やOkayama-Berg法を試みましたが、中々うまくいきません。最大の問題はテーリング反応がうまく制御できないことにあると思われたので、当時報告されたばかりの Gubler-Hoffman法を取り入れ、ベクタープライマーを用いて第一鎖cDNAを合成した後、直ちに第二鎖を合成し、EcoRIリンカーをつけて環状化する方法を試みました。その結果、満足のいくライブラリーを作製することができました。


Modified Okayama-Berg method

一方、マウスEHS軟骨肉腫が多くの細胞外マトリックスを分泌していることが知られています。そこでEHS肉腫からmRNAを抽出し、これをアイソトープ標識しプローブとして用いて上記ライブラリーのスクリーニングを行うことにしました。タンパク質のサイズから推測するとIV型コラーゲンのmRNAのサイズは5kbより大きいと考えられます。そこで28S rRNAより大きいサイズのmRNAを分画してアイソトープ標識し、プローブとして用いました。ついで得られた陽性クローンについて、未分化並びに分化したF9細胞のmRNAをアイソトープ標識したプローブを用いてディファレンシャルハイブリダイゼーションを行い、分化した細胞に多く発現しているクローンを選別しました。


結果


分化した細胞で多く発現しているp24と名付けた陽性クローンは、5.3kbpのcDNAインサートを有していました。ノザンブロットの結果、約6kbの位置にバンドが得られ、目的とするIV型コラーゲンのcDNAが得られたと大喜びしました。ところが、塩基配列を決定したところ、コラーゲンに特徴的な配列であるGly-X-Yの反復配列が見られません。この時点で私の予定していた滞在期限が過ぎ、失意のうちに帰国することになりました。


その後、YoshiからこのクローンはマウスラミニンB1鎖であることを知らされました。すでに報告されていたマウスラミニンB1鎖の部分アミノ酸配列と一致したとのことです。ただ、完全長ではなかったので、プライマー伸長法により欠失していた5’端のcDNAをクローン化し全長cDNAが得られました。その結果わかったことは、運悪くcDNAの中にEcoRIサイトがあったため、5’端が欠失してしまったということです。もしEcoRIサイトがなければ、あるいはEcoRIメチラーゼ処理工程を入れておけば、全長cDNAが取れていた可能性が高いです。


全長塩基配列が決定され、翻訳領域のアミノ酸配列からマウスラミニンB1鎖は7個のドメイン構造からなることが明らかになりました。アミノ酸配列において最も興味深いのは、8個のCysを含む約50アミノ酸残基が13回反復している領域があり、反復領域の一部がEGFと高い相同性を有することです。


余談


多くの研究グループがラミニンのcDNAクローニングに挑戦していたようですが、mRNAのサイズが大きいので、従来法で全長cDNAを得るのに苦労していたようです。我々は幸いほぼ全長に近い長いcDNAが取れたことにより、一気に先頭に立つことができました。その最大の要因は、Okayama-Berg法に倣ってベクタープライマーを使用したことにあると思います。この時の経験が、その後の私の完全長cDNAライブラリー作製技術開発を目指す研究の出発点となっています。


ラミニンは細胞接着、細胞増殖、細胞分化、癌細胞転移などに関与していることが知られています。Yoshiらはその後合成ペプチドとペプチド特異的抗体を用いて、細胞接着、細胞走化性、ラミニンレセプターへの結合に関与するラミニンB1鎖上の部位を特定しました。そしてその部位の5アミノ酸残基YIGSRからなるペプチドが肺癌細胞の転移を抑えることを見出しました。この研究はScience誌に掲載されました。


6ヶ月という短い期間でしたが、必要な道具とプロトコル、材料が全て揃っている研究室で、NIHでハードワーカーとして有名なYoshiに師事して研修を受けることができたので、当初の目的であるcDNAクローニング技術の習得は十分達成することができました。ただ、途中で帰国せざるを得ず、全長塩基配列解析をして論文をまとめるところまで関われなかったことは残念です。帰国後、早速習得した技術を用いてcDNAライブラリー作製を開始しましたが、まともなライブラリーができるまで1年近くかかってしまいました(K89-1)。


被引用文献


Google Scholarで検索した結果、被引用数は481件、その中で総説論文は64件です。被引用文献の多くは、ラミニンB1鎖の全長アミノ酸配列を初めて決定した論文ということで引用しています。さらに、得られたアミノ酸配列をもとに推定したドメイン構造やEGF様反復配列についても多く引用されています。なお、この研究は河野氏によって 「蛋白質・核酸・酵素」の総説としてまとめられています。

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