研究室

(財)神奈川科学技術アカデミー
第五研究室 加藤ヒューマン・プロテインプロジェクト

Kato Human-Protein Project,
Kanagawa Academy of Science and Technology(KAST)

テーマ:ヒトタンパク質cDNA解析技術の開発

ことの始まり


ヒトの細胞を構成する全タンパク質をcDNAの形で収集するという「ホモ・プロテインcDNAバンク構想」を提唱しプロジェクト化を志向していたところ、(財)神奈川科学技術アカデミー(Kanagawa Academy of Science and Technology, KAST)の目に留まり、審査を受けた結果、プロジェクトとして採択されることになりました。


KASTは神奈川県が設立した財団法人で、「グローバルな視点を踏まえ、産・学・公の連携のもとに、研究、教育及び学術交流の各事業を相互に関連させつつ、神奈川の科学技術基盤の充実を図り、地域産業の振興と県民生活の質的向上に寄与すること」を目的としています。現在は、神奈川県産業技術センターと統合して(地独)神奈川県立産業技術総合研究所となっています。


当時、研究事業として3年間と5年間のプロジェクトがあり、すでに第1研究室から第3研究室の3つのプロジェクトが進行していました。私のプロジェクトは第5研究室「ヒューマン・プロテイン」と命名され3年プロジェクトととして設置されることになりました。本来は川崎にある「かながわサイエンスパーク」に実験室を置く必要があるのですが、アイソトープや遺伝子組換え体を扱うということで、相模中研の場所を借りて実施することになりました。


方針


ホモ・プロテインcDNAバンク構想は、遺伝子やタンパク質の配列情報を得るだけでなくタンパク質そのものを手にすることを目的としています。そこでそのために必要な技術、具体的には次の3つの要素技術を開発することを目標としました。


(1)完全長cDNAライブラリー作製技術

mRNAのキャップ部位からポリ(A)テールまでの全領域を含んだ完全長cDNAライブラリーを作製する方法を開発する。


(2)特定cDNAクローニング技術

アイソトープを使用せず、しかも全ての操作をチューブ内で行えるcDNAクローニング法を開発する。


(3)cDNA同定技術

多数のcDNAクローンがコードしているタンパク質の機能を同定するために、大規模シーケンシング、インビトロ翻訳及び動物細胞内発現を行う新手法を開発する。


KASTパンフレット-1

KASTパンフレット-2

成果


新規cDNAがコードするタンパク質の解析は相模中研と共同で行ったので、その成果は相模中研のページに記載し、ここには新しく開発した技術を載せることにします。


(1)完全長cDNAライブラリー作製技術

  • キメラオリゴキャッピング法による完全長cDNAライブラリー作製法(K93-4K94-4

(2)特定cDNAクローニング技術

  • ビオチン標識RNAプローブを用いたcDNAクローニング法(K94-3

(3)cDNA同定技術

  • 多機能ファージミドベクターpKA1の作製(K94-4
  • f1ファージによる動物細胞トランスフェクション法(K93-1K94-2
  • 分泌タンパク質cDNAのシグナル配列探索法(K95-2

余談


<良縁・奇縁>


相模中研から出向した関根伸吾氏、金南順氏、小林みどり氏と東ソー(株)から出向した阿部直人博士が中心となって研究が進められました。関根氏はキメラオリゴキャッピング法による完全長cDNAライブラリー作製法を、金氏はビオチン標識RNAプローブを用いたcDNAクローニング法を、小林氏はf1ファージによる動物細胞トランスフェクション法を確立しました。阿部氏は多くのcDNAクローンのインビトロ翻訳を実施し、cDNAがコードしているタンパク質の分子量より著しく大きかったり小さかったりする翻訳産物を生成する現象を見出し、そのメカニズムを解明する研究(K98-3K98-4)に繋がる成果を得ました。


非常勤研究員として東大医科研の菅野純夫博士に参加していただきました。小林氏と一緒に分泌タンパク質や膜タンパク質をコードするcDNAの探索法を開発されました。菅野氏とはcDNA研究において志を同じくしていたので、多くの有意義な議論を行うことができました。キメラオリゴキャッピング法で最初に用いたタバコ酸性ピロホスファターゼ は、菅野氏から譲り受けたものです。菅野氏はオリゴキャッピング法でcDNAライブラリーの作製を試みておられたので、お互いに実験条件に関する情報を交換しあい、どちらの方法でも良いライブラリーが作製できるようになりました。


KASTのアドバイザリーボードメンバーにArthur Kornberg博士が名を連ねていました。Kornberg博士はDNAの複製機構の解明でノーベル生理学・医学賞を受賞された方です。1992年10月、アドバイザリーボード会議が開かれた時、Kornberg博士の目の前でプロジェクトの内容と方針を説明させられました。タンパク質から攻めてこられた第一人者を前にして、これからのタンパク質研究はcDNAから攻めた方が良いですよと言ってわかってもらえるかは不安でしたが、ご理解を得られたようで安心しました。Kornberg博士は、我々がcDNA合成に用いているDNAポリメラーゼの発見者ですので、喜んでおられたかもしれません。


<特許>


キメラオリゴキャッピング法による完全長cDNAライブラリー作製法は特許出願を行い、日本のみでなく米国・カナダ・ヨーロッパにおいても特許が成立しました。日本ではライセンスを希望する会社は現れませんでしたが、2001年、ヨーロッパの某社との間にライセンス契約が成立しました。この方法で作製されたヒト完全長cDNAライブラリーが、日本におけるヒトcDNAプロジェクトのさきがけとして貢献していることや、海外へライセンスされたことが評価され、平成15年度全国発明表彰において発明賞を受賞することができました。


<研究関連エピソード>


・cDNAの5’端のパリンドローム構造

Pruitt法で作成したcDNAの5’端にパリンドローム構造を有するものが多く含まれていました。この現象は、逆転写酵素をトリ骨髄芽球症ウイルス(AMV)由来の酵素からRNaseH活性を持たないマウス白血病ウイルス(M-MLV)由来の酵素に変えることによって起こらなくなりました。AMVが有する内在性RNaseH活性によって第一鎖cDNA-mRNA二重鎖のmRNAが分解することが原因と考えられますが、詳細な機構の解明は行いませんでした。この結果を関根氏が日本分子生物学会のポスターセッションで報告したとき、ポスター番号が001とトップバッターになりました。下図はビメンチンcDNAの5’端に見られたパリンドローム構造です。


パリンドローム
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