研究室

科学技術振興機構創造科学技術推進事業
加藤たん白生態プロジェクト

Kato Cytoprotein Network Project,
Exploratory Research for Advanced Technology (ERATO)

テーマ:タンパク質ジグソーパズルを解く

ことの始まり


KASTの「ヒューマン・プロテインプロジェクト」が終了し、新しいプロジェクトの立ち上げを模索していたところ、新技術事業団(現科学技術振興機構)のERATOプロジェクトにノミネートされ、審査の結果「加藤たん白生態プロジェクト」として採択されました。


ERATOは「規模の大きな研究費をもとに既存の研究分野を超えた分野融合や新しいアプローチによって挑戦的な基礎研究を推進することで、今後の科学技術イノベーションの創出を先導する新しい科学技術の潮流の形成を促進し、戦略目標の達成に資することを目的としています。そのために、総責任者である研究総括は、独創的な構想に基づく研究領域(プロジェクト)を自らデザインし、3~4程度の異なる分野・機能からなる研究グループを様々な専門性やバックグラウンドを持つ研究者の結集により構成し、研究プロジェクトを指揮することで、新たな分野の開拓に取り組む点に特徴があります。」とホームページにあります。


(財)相模中央化学研究所と近くにある北里大学医学部の一部をお借りして、プロジェクトを実施することにしました。


方針


当時、ヒトゲノムプロジェクトが始まり、ゲノムの全塩基配列決定が視野に入っていました。ただ、ゲノムの全塩基配列が決定されても、ゲノムにコードされているタンパク質を手に入れることはできません。我々は、当初からヒト全タンパク質の収集を目的として、ホモ・プロテインcDNAバンク構想を掲げ、そのために必要な技術開発を行ってきました。この技術を用いて、ホモ・プロテインcDNAバンクのプロトタイプができつつあったので、このバンクを利用して新しい展開を図ることを大きな目標としました。


ホモ・プロテインcDNAバンクの特徴は、単にタンパク質のアミノ酸配列がわかるだけでなく、タンパク質そのものを作ることができるという点にあります。次の課題は、アミノ酸配列がわかった新規タンパク質の機能をどうやって明らかにするかということになります。すなわち、本プロジェクトは、従来行われてきた「はたらきからものへ」というアプローチとは逆の「ものからはたらきへ」というアプローチを取ることにしました。


細胞はタンパク質とさまざまな分子との相互作用やタンパク質同士の相互作用のネットワークからできており、代謝や自己複製といった生物特有の機能を発揮しています。したがって、新規タンパク質の機能を明らかにするには、そのタンパク質がどのようなネットワークの中に位置づけられるかを知ることが出発点になると考えました。すなわち、個々のタンパク質をピースとするジグソーパズルを解くことに例えることができます。そこで「タンパク質ジグソーパズルを解く」をプロジェクトのキャッチフレーズとしました。


対象としてどの細胞にも共通に存在するハウスキーピングタンパク質を選び、機能未知のタンパク質と相互作用するタンパク質を見つけるという手法をとることにしました。具体的には、大きく二つの方向で研究を展開しました。一つは、ホモ・プロテインcDNAバンクに含まれている新規タンパク質cDNAを出発材料にして、新しいタンパク質ネットワークの構成要素となるようなタンパク質複合体やタンパク質修飾を見つけることであり、もう一つはこのようなアプローチに適した新しい手法の開発です(加藤誠志「ホモ・プロテインcDNAバンク構築から蛋白質ネットワーク解析へ」蛋白質核酸酵素 Vol.42 No.17 p.2830-2835 1997)。


体制


従来のタンパク質研究は、ある生物活性を有するタンパク質を探索するという方向で行われてきました。本プロジェクトは、それとは逆方向のアプローチを取る研究を目指しています。そこで、従来の研究法にとらわれずに、新しい方向の研究に挑戦する意欲のあるガッツのある若手研究者を採用したいと考え、全員公募で選びました。


研究員として参加されたのは、小林みどり氏、逢坂文男氏、海原千歳氏、亀村和生氏、伊藤巧一氏、竹内康雄氏、長田直樹氏、岩室祥一氏、小室晃彦氏、江口睦志氏、Roland Ryll氏、金鎮京氏の12名です。なお、逢坂氏、海原氏、亀村氏、小室氏、金氏、竹内氏は、博士課程を修了したばかりの研究者、伊藤氏、岩室氏、Ryll氏は海外でポスドクをやっていた研究者、長田氏は企業を辞めてきた研究者です。当初の計画では細胞内でのタンパク質の動きを観察できる生物物理系の研究者を入れたいと思っており、適任の希望者からコンタクトがあったのですが、残念ながら就職した企業から出向の許可がもらえず参加できませんでした。


また、多くの専門技術に秀でた技術員を採用することができました。参加された技術員は、佐伯美帆呂さん、會田理子さん、伊藤京子さん、石塚芳子さん、大竹美弥子さん、棚井重雄さん、藤村尚子さん、三品史江さん、矢田美日さんの9名です。研究成果は彼らの技術に負うところが大きいです。技術参事の大森宗樹氏、事務参事の西貝栄三郎氏、事務員の内藤美保さんと村上昭代さんには、縁の下の力持ちとしてプロジェクトを支えていただきました。


皆さんの顔写真入りのジグソーパズルを下に示します。


jigsaw

研究は相模中研とすぐ近くの北里大医学部で行われたので、研究者間の繋がりは緊密であり、日常的に議論がなされ、全員が一体となって問題に取り組むことができました。なお、日本語を話せないRyll氏がいるので、毎週開催される研究報告会は、すべて英語でなされました。


他のプロジェクトではプロジェクトのロゴマークを専門のデザイナーに作ってもらっているようですが、本プロジェクトでは私が自作しました。


logo

成果


(1)新しいタンパク質複合体・タンパク質修飾の発見

  • ヒト完全長cDNAがコードする新規タンパク質のアミノ酸配列決定、インビトロ翻訳、GFP融合タンパク質の局在解析(特許出願11件)
  • NEDD8修飾経路の発見(K98-4, K99-6
  • NEDD8化による細胞周期制御(K00-1
  • インビトロ翻訳産物のマルチユビキチン化(K98-3, K99-4
  • 新規核タンパク質複合体Npw38-NpwBPの発見(K99-3, K99-7, K02-2
  • 新規スプライセオソーム構成成分の発見
  • 不死化細胞で発現増加する核タンパク質の同定(K00-2
  • 細胞内タンパク質のO-グルコシル化の発見
  • 二次元電気泳動におけるマルチスポットの成因解明

(2)新しい手法の開発

  • プロテオグラム:アミノ酸配列の表示法(特許出願1件)
  • 高感度レクチン検出法(K98-2
  • 膜タンパク質のトポロジー解析(K99-1
  • cDNA免疫による抗体作製(K00-3, K03-1
  • 2ハイブリッド局在化法によるタンパク質-タンパク質相互作用検出法(特許出願1件)

個々の研究成果は「加藤たん白生態プロジェクトの研究成果」にまとめてあります。


自己評価


ヒトゲノムの塩基配列決定が始められた頃、ポストシーケンス時代を見据えた研究を開始し、この分野の研究に道筋をつけたという点では、評価に値するのではないかと考えています。ただ、このような先駆的な研究の場合、往々にして準備不足が露呈します。今回のプロジェクトでも、最大の問題は肝心のタンパク質ジグソーパズルのピースが揃っていないということです。ピースを揃えるという意味では、当時の完全長cDNAライブラリー作製技術はまだ未完成でした。プロジェクト終了後、私は国リハに移籍し、本プロジェクトで使用した機器類を活用し、ベクターキャッピング法という究極の完全長cDNAライブラリー作製技術を開発することができ、全てのピースを揃える目処がたったので、この技術開発はERATOプロジェクトの延長上にあると思っています。


ガッツのある研究員を揃えるという私の目論見はうまくいき、どの研究員も期待に違わぬ活躍をしてくれました。多くの研究員は学位取得後、初めて自分のオリジナルな研究を開始することになったと思われますが、恵まれた環境で研究する機会が得られたという幸運を十分に活かしてくれました。


時限プロジェクトの問題点の一つは、プロジェクト解散後、時間的制約や実験場所の制約のため、成果を論文化することが困難である状況が生じることです。このプロジェクトでも論文化し損ねたものがいくつかあります。この点、総括責任者として支援不足であったことが悔やまれます。


余談


<良縁・奇縁>


最終報告会は、研究成果と関連のある研究の第一人者を海外からお呼びしてシンポジウムの形にしようと考えました。その結果、タンパク質の糖鎖修飾研究で著名なGerald W. Hart博士(Johns Hopkins大)とWWドメインの発見者であるMarius Sudol博士(Mt. Sinai Medical Center)に講演していただくことができました。プロジェクト終了後、亀村氏(Johns Hopkins大)、小室氏(Yale大)、逢坂氏(Harverd大)、長田氏(Geneva大)の4人の研究員は、プロジェクトでおやりになった研究が縁となって、米国やスイスの大学にポスドクとして行くことになりました。


2023年現在、伊藤氏(弘前大)岩室氏(東邦大)小室氏(新潟薬科大)亀村氏(長浜バイオ大)長田氏(同志社大)竹内氏(北里大)の6人の方々が大学教授として活躍されていることは、私にとって望外の喜びです。


研究とは直接関係ありませんが、プロジェクト期間中に5名の研究員が結婚されたことも大きな成果と考えています。


我々のプロジェクトの特許出願を担当することになったのは事業団から紹介された西澤国際特許事務所でしたが、なんと弁理士の西澤利夫氏は、東工大のデザイン研究会というサークルでご一緒した先輩でした。これが縁で、私が国立障害者リハビリテーションセンターに移籍してからも、企業との共同研究の成果の特許出願をしていただきました。その一つが「ベクターキャッピング法」と名付けた完全長cDNAライブラリー作製に関する特許であり、日本、米国、カナダ、ヨーロッパで特許が成立しています。


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